「先生、今ならやれそうなんで、やってみていいですか」

目次

1.前半、やられた

小6年男子との授業。

残り100日となってきて、日曜日の志望校対策授業で、2コマしっかり時間がある。

1コマ目は、志望校の過去問対策。

過去問対策で知りたいのは、点数ではない。

今、何ができて、何ができないのか。

現在地を正確に知りたい。

30点でも40点でもいい。
できなかったところが分かれば、そこから始められる。

ところが、子どもは点数を少しよく見せることがある。

採点を少し甘くしたり、実際より少し高い点数を先生や親に伝えたり。

答えを写しているわけではない。

「できる自分でいたい」
「先生にがっかりされたくない」
「親にも悪い点数を見せたくない」

そんな気持ちなのだと思う。

気持ちはなんとなくわかる。

こういう子は、実は珍しくない。

ただ、過去問対策をする側からすると、これはかなり困る。

現在地が分からなくなる。

昨日も、おれはそれに気づいた。

とてもがっかりした。

紆余曲折あり、逆転合格に向けて、いい感じで歩んできていた矢先だったからだ。

ここで強く指摘するべきか。

正論はいくらでも言える。

「それじゃ意味ないだろ」

「正直にやらないと受からないぞ」

ただ、入試まで残り約100日、

ここで正論をぶつけて落ち込ませても仕方がない。

かといって、このまま続けていいわけでもない。

どうするか…

沈黙した。

たぶん5分くらい。

オンライン授業での5分の沈黙は、かなり長い。

そのあと、こちらは気持ちを立て直して、テンションを上げて授業を続けた。

いつもの感じに戻そうとした。

ただ、子どもはアホじゃない。

心から乗っていない先生が、表面だけテンションを上げたところで、そんなものは見透かされる。

こちらが上げても、向こうは上がってこない。

「先生、なんか一つ諦めたな」

そのくらいのことは感じていたと思う。

そのまま1コマ目が終わった。

正直、ダメだった。

いい授業ではなかった。

2.まだ後半がある

その日は夜、もう1コマある。

今日は2コマだ。

前後半だ。

前半は、やられた。

うまくいかなかった。
空気も悪くした。
最後まで立て直せなかった。

ただ、まだ後半がある。

ここで引きずるんじゃない。

日本代表はドイツ戦でもスペイン戦でも、前半に先制された。

そこから後半、格上をひっくり返した。

日本はそこまできてる。

おれも、今日は、ここから逆転だ。

前半やられたことより、そこからどうするか。

もう一度、目の前の子を見る。

感じる。

合わせる。

そして、自分も乗る。

ここから逆転してこそプロだ。

そんな気持ちで、夜7時の後半に入った。

2コマ目は、題材を変えた。

算数の単元別テキスト。

夏期講習あたりで扱う内容なので、過去問より少し基礎寄り。

ただ、ちゃんと骨のある問題も入っている。

全部を順番にやる必要はない。

今のこの子を見て、

「今はここをやった方がいい」

と思う問題を選んでいった。

クイズミリオネアのように、

「ヒントは3回まで使っていい」

と、少しゲーム性も入れて切り口を変えた。

1問目。

いい。

2問目。

これもいい。

ヒントも積極的に使っていて、笑いも出てきた。

そして、こっちも面白くなってきた。

前半のように、先生としてテンションを上げているわけじゃない。

本当に楽しくなってきた。

問題を見る。

考え方を見る。

ちょっとヒントを出す。

「あ、そこ気づいたか」

「それでいけるんじゃない?」

2人で問題に乗っていく。

3.「今ならやれそう」

そして3問目。

次はどれをやろうかと考えていたところで、本人から声が出た。

「先生、ずっと放っておいた、めんどくさくてやってなかったやつがあるんで、ちょっと今ならやれそうなんで、やってみていいですか」

この日の授業は、この一言がすべてだった。

こちらが選んだ問題ではない。

本人がずっと避けていた問題。

めんどくさくて、放っておいた問題。

それを自分から持ってきた。

3つのベン図の問題だが、条件が複雑で確かにめんどうに見える問題だ。

確かに心が整ってないと解けない。

彼は

「今ならやれそう」

と言った。

これがうれしかった。

10分以上かかった。

頭の中に状況をつくる。

考える。

迷う。

また考える。

最後はちゃんと解いた。

心が整っているから、正確にとらえて、間違いにも気づき、イラつかず修正できる。

おれは、生徒の図や解いてるしゃべりから、これは正解にたどり着くと確信した。

案の定、10分後にしっかりたどり着いた。

力がついたと実感できる授業だった。

授業終了。

いつもなら時間になった瞬間、

ポチッ。

と画面を消す男が、消さない。

気づけば5分くらいオーバーしていた。

もう問題は解いていない。

志望校の校舎がめちゃくちゃきれいだとか。

面白い先生がいるらしいとか。

そんな話を二人でしていた。

別に何かを教えているわけでもない。

2人ともまだ乗っていた。

最高の授業だったっていう証だ。

おれの仕事はこの瞬間がたまらなくきもちい。

4.見る。感じる。合わせる。そして、楽しむ。

この話を美談にはしたくない。

「こうすれば子どもは自分から勉強するようになります」

そんな成功法でもない。

前半は普通に失敗している。

5分も黙った。

がっかりした。

表面だけテンションを上げて、それも見透かされた。

毎回うまくいく方法なんて、たぶんない。

やることはシンプル。

よく見る。

目の前の生徒をよく見る。

感じる。

今、何が起きているのかを感じる。

合わせる。

問題を変える。
難易度を変える。
ヒントを変える。
声のかけ方を変える。

そして、

楽しむ。

ここはかなり大事にしている。

「生徒を楽しませる」ではない。

まず、自分が楽しむ。

心から乗る。

心が乗っていないのに、表面だけテンションを上げたってダメだ。

そんなもの、子どもにはすぐバレるし、おれもそんな仕事は楽しくない。

逆もそうだと思っている。

こっちが心から楽しんでいたら、男子も楽しい。

ただ、ここでいう「楽しむ」は、ワハハと楽しくやることではない。

合格に向かって二人で本気でやる。

できなかった問題ができるようになる。

見えなかったものが見えるようになる。

昨日まで避けていた問題に、

「今ならやれそう」

と自分から手を伸ばす。

力がついている。前に進んでいる。

その手応えがあるから、楽しい。

こっちも乗る。

一緒に乗る。

そして、本人も乗ってくる。

昨日は、それがしっかり決まった。

目の前の授業に全力を出す。
本気で力をつけにいく。
そして、その時間をこっちも楽しむ。

やっぱり、それが一番なんだと思う。

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