① あえて予習をしなかった
小6算数の授業をやった。
ご両親からもらった今回の教材をざっと見て、本人の状況も想像して、
「これは解き方を教えるというより、頭の中の交通整理だろうな」
と感じた。
だから、あえてほとんど予習をしなかった。
授業で一番大事にしているのは、
「よく見ること」
「感じること」
「本人に合わせること」。
こちらだけが先に答えまでの道を知っているより、本人が初めて問題を見るときの感覚に同じ目線で入ったほうが、うまくいくことは多い。
授業が始まった。
案の定、最初の1問目、2問目でかなり時間がかかった。
本人から、
「何度やっても答えの4kmにならず、10kmになる」
という言葉が出てきた。
生徒がこういうことを言うときは、どこかに思い込みのような「ひっかかり」がある。
そんな感じがした。
② 60分の授業で、最初の2問に30分
60分の授業なのに、最初の2問で30分くらい使ったと思う。
途中、
「これ、間に合わないんじゃないか」
「もう少し急いだほうがいいんじゃないか」
そんなことも頭をよぎった。
でも、そこで急がなかった。
胸を張って、姿勢を正して、力を抜いた。
よく見て、感じて、合わせる。
サーフィンと同じだ。
大きな海の中で、俺の力なんて微々たるものだ。
自分の力でどうにかしようとするより、流れを見て、感じて、合わせる。
授業も同じだと思っている。
俺が生徒なら、先生の解き方を聞くだけでは何も面白くない。
今いる地点から、どう突破していくか。
自分で頭を使い、自分で解決していく。
そのサポートをすることを常に意識している。
「これは何?」
「じゃあ、これは?」
一つひとつ話しながら、本人が今、何を見ているのかを追っていった。
そして、本人の描いた図を見ていて気づいた。
A地点からB地点を通ってC地点へ向かう速さの問題。
時間の比、距離の比とその差を使って考えていく。
本人の図では、B地点がちょうど真ん中にあるように描かれていた。
でも問題には、B地点が中間地点だなんてどこにも書いていない。
これかも。
そこで、あえてB地点が真ん中にならないような図に描き直してもらった。
ほぼその瞬間だった。
「あっ」
顔が変わった。
道が開いた。
「あとはいけるでしょ」
そう伝えると、ものすごい勢いで最後まで解いていった。
うれしそうだった。
ここまでかなり時間はかかった。
でも、とてもいい顔をしていた。
今日はこれだ!と思った。
次の問題は、本人も苦手だと言っていた立体の2回切断。
ここでも、まず図から描き直した。
「シンプルに2回切って、取り除く。取り除きすぎたところを付け足そう」
そんな話をしながら、一緒に図を1から作った。
すると、まただった。
「あっ」
そこから自分でゴールまでいった。
③ 「先生、これできます」
そして圧巻だったのは、その次の問題だった。
また速さの問題。
問題を見た瞬間、
「先生、これできます」
と言った。
何も言わずに見ていたら、そのまま一人で解いて正解した。
次の問題を見ても、
「これもいけます」
また解いた。
もともとは「できない、わからないから先生に聞く」としていた問題を、解説ゼロでどんどん解いていく。
その次も。
さっき一緒にやった問題とは単元も違う。
同じ解き方がそのまま使えるわけでもない。
なのに、明らかに何かが変わっていた。
最初の2問であれだけ時間がかかっていたのに、急に進み始めた。
頭の中にあった「ひっかかり」が取れて、一度パッと開くと、全然違うところまでつながっていく。
完全にゾーンに入っていた。
本人が自分の頭を使って、自分で進んでいく。
気づけば予定していた問題を全部終えて、その先までいった。
やっぱ男子はこれだよな。
この力、すごい。
目の前で見ながら、そう思った。
④ 小学生がもともと持っている力
最初の30分だけを見れば、授業は完全に遅れていた。
あそこで焦って、
「時間がないから、ここはこうやって」
と解き方を渡していたら、もっと早く進んだかもしれない。
でも、あのゾーンには入らなかった気がする。
何か特別なことをしたわけじゃない。
よく見て、感じて、合わせた。
すると、本人が勝手に走り始めた。
あの力は、最初から本人の中にあったんだと思う。
授業が終わったあと、本人もいい顔をしていた。
お母さん、お父さんにも喜んでもらえた。
そして俺も、めちゃくちゃ気持ちよかった。
小学生は、ときどき想像を超えてくる。
あのパワーは、魔法みたいだ。
