前編 現在地
サーフィンを始めて、もうすぐ5年になる。
いまだに、まともに波に乗れない。
1週間海に通って、数秒間、波の上を滑れたらいい方だ。
今日も海に行った。
ここしばらく、宮崎の海は荒れていてなかなか入るチャンスがない。
今日も青島の端っこなら入れるかと思ったが、そこですら波の力が強かった。
少し入って、すぐに上がった。
無理はしない。
海から上がって、また考える。
どうすれば、もっと気持ちよく水の上を進めるのか。
どうすれば、もっと力を抜けるのか。
手の向き、肘の動き、肩甲骨、背中、股関節、膝。
最近は、そんなことばかり考えている。
波に乗る以前に、パドリングだけでも学ぶことが山ほどある。
あとは、ポジション タイミング 経験。
5年近くやって、まだそんなところにいる。
どんだけ奥が深いんだ、サーフィンは。
でも、不思議なことに、今の俺はとても幸せだ。
朝、妻と一緒に起きる。
仕事へ向かう妻を見送って、息子を保育園へ送る。
それから海へ向かう。
1〜2時間ほど海に入る。
今日の波はどうだろう。
風は、水の流れは、自分の身体はどうだろう。
なるべく力を抜いて、長く、ゆっくり、気持ちよく海にいたい。
もちろん、波に乗りたい。
でも、波に乗るライディングは、ごほうびだ。
数秒乗れたら、もう最高。
海から上がれば、家に帰って仕事をする。
俺は今、子どもたちに勉強を教えている。
授業を考え、組み立て、ひとつの作品のように磨いていく。
夜は授業だ。
子どもたちと一緒に考えたり、笑ったり、悩んだりする。
これがまた、面白い。
海で身体を動かして、頭も心も気持ちよくしてから授業に向かう。
仕事が終われば、妻と息子がいる。
みんなで川の字になって眠る。
休みの日には、息子と空港へ行ったり、海や山へドライブしたりする。
宮崎の自然の中で、家族と暮らし、好きな仕事をして、海に入る。
そんな毎日を送っている。
それにしても。
5年近くサーフィンをやって、1週間に数秒。
それでも、明日も海に行きたい。
こんなに夢中になるものが、自分の人生に現れるなんて。
想像もしていなかった。
後編 サーフィンとの出会い
コロナがあって、15年ほど勤めた会社を辞めた。
その会社だけじゃない。
もう、その業界自体から離れるつもりだった。
結構、どん底だった。
15年もいれば、仕事だけじゃなく、人間関係も、いろんなものが積み重なっている。
そこから離れるというのは、簡単なことではなかった。
でも、人間万事塞翁が馬とはよく言ったもので、その頃に今の妻と出会った。
妻は宮崎の人だった。
最初は福岡で一緒に暮らしていた。
あるとき、俺から宮崎に行こうと話をした。
5年前のことだ。
宮崎の夏は素晴らしかった。
海があって、空が広くて、自然が近い。
そして、何より気候がよかった。
特に冬。
俺は昔から冬に弱い。
宮崎の冬は、暖かいというより、寒すぎない。
この違いが、俺には大きかった。
冬が寒すぎない。
それだけで、こんなに暮らしやすいのか。
たまらなくよかった。
しばらくして、福岡の友達が遊びに来た。
その友達が言った。
「ここにいるなら、サーフィンやらないともったいないよ」
なるほど。
サーフィンか。
確かに、宮崎といえば海だ。
サーフィンは若い時から気になっていた。
でも、俺には大きな問題があった。
泳げないのだ。
小学生の頃、2回溺れた。
それ以来、ずっと金槌だった。
水が怖かった。
そんな俺がサーフィンなんて。
普通に考えたら、なかなかハードルが高い。
ところが、そのときは不思議と落ち着いて考えることができた。
そもそも、サーフィンの最初なんて、泳げるとか泳げないとか、関係ないところからのスタートなんじゃないか。
いきなり沖に出て、大きな波に乗るわけじゃないだろう。
初心者には初心者の始め方があるはずだ。
だったら、まずはスクールに行ってみよう。
そう思った。
ただ、一人で行くのは恥ずかしかった。
いい大人が、今さらサーフィンスクール。
ちょっとドキドキする。
だから、妻についてきてもらうことにした。
当日。
ドキドキしながらスクールに行くと、もう一人、おじさんがいた。
どうやら今日は、俺とそのおじさんの二人でスクールを受けるらしい。
同年代くらいのおじさんだった。
しかも、そのおじさんも奥さんを連れてきていた。
なんだ、同じじゃん。
なんだか、ほっこりした。
そして、いよいよ海へ。
コーチに教えてもらい、ボードに乗る。
波が来る。
コーチが後ろからボードを押してくれる。
立とうとする。
また波が来る。
何回か繰り返しているうちに、
立てた。
スーッ。
身体が、自然に前へ進んでいく。
何だ、これ。
気持ちいい。
自分で何かを頑張って動かしているというより、波に運ばれていく。
自然に
「ス~ッ」と腹の底から息を吐いていた。
そのときの快感が、ものすごかった。
身体の中から、心の中から、何か悪いものがスーッと抜けていくような感じがした。
何が抜けたのかなんて、分からない。
でも、確かに何かが抜けていった。
最高だった。
ああ、これは一生やるやつだな。
そのとき、そう思った時のことをフルカラーで覚えている。
