冬の朝サーフ、甘くなかった話

冬の朝サーフに目覚めた。

生活が整う感じがして、これだと思った。

11月は調子よかった。

朝に海に入って、心と体は整い、1日中サーフィンしてる感じだった。

その流れが気持ちよかった。

12月に入って、大きく変わった。

① 12/14、止まった

12/14。止まった。

俺がサーフィンを始めるきっかけをくれた同級生が、アオタイ(青島太平洋マラソン)で宮崎に来た。

年に一回のアオタイ集合。

そこで友人とサーフした。

ジャーフルで入れた。

初日はハラ〜ムネくらい。

パワーもまあまああって、普通に楽しかった。

1日目。

ボードが目尻、目の横3センチくらいのところに当たった。

青いたんこぶになった。

目に当たってたら、危なかった。

2日目は伊比井。

入って30分で、強烈な頭痛。

年令もあるし、頭痛なんてほぼなったことないから怖かった

上がって、そのままダウン。

強烈に寒くて、インフルエンザかと思った。

マラソンの応援も行けなかった。

止まった。

おれのサーフィンが止まった。

② 止まったとき、思い出した

サラリーマンのときと、似てる感じがした。

サラリーマンで10年走って、出世して、イケイケだったとき、

急に止まったことがある。

きっかけは、2日連続での交通事故。

ゴールド免許のおれは交通事故自体、初めて。

それが2日連続。明らかに、異常だと気づけた。

コンビニのポールにぶつけて、

次の日に信号停車で追突した。

そのあと、初めて会社を1週間休んだ。

体を調べた。脳も調べた。

異常はなかった。

それでも、ずっと胃腸は調子悪かった。

気にしてこなかったが、「おかしいな」と思い始めた。

たぶん心の病気だと思った。

まだこの頃は、心と体のつながりを深く意識できていなかった。

それでも、何かがズレてる感じはあった。

診断は、うつ病だった。

③ そこから、いろいろ起きた

それから会社を休職した。

1年後、会社では「おかしくなった人」になった。

退職した。

離婚も重なって、踏んだり蹴ったりだった。

退職金で世界を回った。

遅めの自分探しをした。

そこで最愛の妻に出会った。

それでも娘2人とは、理不尽に引き離された。

苦しんで、もがいた。

支えられて、いまの幸せまで上がってこれた。

④ 今回も、同じ流れなのか

今回の冬も、あのときに似てるのか。

そう思った。

となると、俺がやることは

待つ。

体と心のGOを待つ。

焦らない。

止まるのは嫌だ。

止まると、なまるから。

体がなまるのも嫌だし、太るのも嫌だ。

重くなると、動きたくなくなる。

動かないと、さらに重くなる。

この悪循環が始まりそうで怖い。

それでも今は、そこで気合いで押さない。がんばらない。

ゴリ押した先はもう想像がつく。

⑤ 仕事も、量から質へ

サラリーマンの時と同じで、

いまも「量から質へ」に移行しようとしてるのかもしれない。

2月から中学受験の新年度。

ついてくる理論で、

スケジュールは埋まりつつある。

それでもオファーはあって、

気づけば、量で回そうとする自分が出てくる。

そこを変えた。

快を追うスケジュールに組み直した。

授業の本数じゃなくて、

一本一本の質。

自分の快。

生徒の快。

そっちを優先する形にした。

それでついてくる。

⑥ 考えるな、感じろ

自分にいい聞かせている。

考えるな、感じろ

頭で結論を出すんじゃなくて、

体の反応で決める。

「快」なら行く。

違うなら待つ。

いま俺は、95:5で幸せだ。

それを感じながら、積み上げていこう。

いまはメモもいらない

行動の芽が出たものを、快基準で楽しむのみ。

⑦ まだおあずけ

サーフィンで、初めての挫折と言えるのかもしれないが、

ド底で掴んだものは伸びる理論だ。

焦るな。

俺を支えてくれる環境に、少し甘えて待とう。

体と心のGOが出るまで待とう。

冬サーフ。

自己ベストの冬は、まだおあずけ。

サーフィン、地球、宇宙。

なめんなよって言われたなこれ。

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